はじめに・ご挨拶

 みなさん、初めまして。わたしは中村之菊(なかむらみどり)と申します。昭和54年生まれ浅草駒形育ちの現在42歳。大学生でもあり木工大工の職人でもあります。18歳から政治運動に関わるようになり、たくさんの「なぜ?」に出会ってきました。なかでも、形式上では主権国家といわれる日本で、日本国憲法以上に効力を持つ「日米地位協定」が存在することは不可解でしかありません。米軍の起こす事件や事故などの人災を日本の法律では取り締まることが出来ず、ひどく残虐な婦女暴行や殺人が起きても、わたしたちは常に我慢を強いられ、事件の追及さえ出来ない状態であることに憤りを感じています。何度となく訴えても日本政府は日米地位協定を改定する兆しをみせず、また防衛省は「日米地位協定は日米のバランスととっている」ものとして認識しています。

 国内にある米軍基地の約7割が沖縄に集中していますが、この負担をみんなで分け合うことは当然のこと。その切っ掛けをまず官庁街・国会がある「東京へ引き取る」ところから始めます。実現すべく中村之菊(なかむらみどり)は「沖縄の米軍基地を東京へ引き取る党」から国政にチャレンジしたいと思います。

 米軍基地の割合は戦後「本土9:沖縄1」から「本土3:7」という状況に至り、米軍基地を必要とする声のほとんどが本土の声であるにも関わらず、沖縄にばかり過重な負担がかかっています。米軍基地あるいは米軍人由来の事件や事故の多くは沖縄で頻出しており、こうした状況を1972年いわゆる「沖縄本土復帰」における琉球政府作成の「復帰措置に関する建議書」にはすでに憂慮した旨の記述があり、沖縄の望んでいなかった「沖縄本土復帰」のただ中にあります。
また、その状況を作り保っている張本人は本土であり、この姿勢は裏切り行為または詐欺であると言えます。今年は「沖縄本土復帰」50年の節目です。50年、わたしたち本土の人々はそうした裏切り行為を重ね、人の不幸の上に幸福を得てきました。これは紛れもない事実です。いま、この文章を読みながら「人の不幸の上で幸福を得た」ということを否定したい気持ちになった場合には、それをむしろグッと自分に突き付けてみてください。そして、きっとその痛みを遥かに超えた苦痛を日々強いられてきた人たちがいることを考えてみてください。わたしは、一日も早くこうした痛みを分け合うところからはじめたいと思います。その為にも、「沖縄の米軍基地を東京へ引き取る」ことを公約に、今夏の参議院選挙で出馬を決意しました。


 1月23日に行われた名護市長選や南城市長選の結果を受け、本土から「またがんばればいいよ、次があるよ」などの声が多くの議員から発せられたことを見て、長年にわたり本土が必要だという米軍基地に翻弄され続けている沖縄に対して、いつまで頑張らせるのだろうという怒りがこみあげました。米軍基地を押し付けている側が、米軍基地を押し付けられている側に「がんばれ」ということ自体がおかしいことではないでしょうか。毎度、沖縄の選挙に対して「がんばれ」と言ってきた本土の側が、選挙に至っては沖縄のことを前面に出して奮闘していないから、いままさに基地建設のためにまたも沖縄の自然ばかりが壊されはじめています。そうした現状を分け合うためにも「沖縄の米軍基地を東京へ引き取る党」で「自分(本土)もがんばる」ということを通して、米軍基地の在り方を自分事として広く周知させたいと思います。


 いろんなご意見があることは百も承知です。しかし、卓上の議論ばかりで実行されてこなかった現実を見ると、いま何もせずに指をくわえてみていることに耐えられなくなりました。そういう思いを多くの本土の人々がともに感じてくれたらきっと変わるはずで、変えなければならないと思います。その一歩を一緒に踏み出して欲しい。どうかあなたのその思いをわたしに託してください!ご支援ご協力をどうぞ宜しくお願い致します。

中村 之菊(なかむら みどり)